1897年のヴァンパイア、1915年のヴァンプ

ドラキュラ伝説と一口に言っても、その巨大な記号に結びつく人物や象徴は枚挙にいとまがない。紳士的で残忍な怪物は今夜もどこかのお嬢さんに愛され、子供のベッドを濡らしている。

字義的には 「ドラキュラ」は「龍の子」というほどの二つ名であり、その意味では澁澤龍彦だってドラキュラなのだが、はじめにこの雅号を愛用したのは現在のルーマニアにあったワラキア公国の領主、串刺し公ヴラド三世であったらしい。政敵や反乱分子や、あるいはただ気まぐれの犠牲となった農民まで、優に数万の人間を串刺しにしその生き血を啜ったというのは、果たしてどこまでが伝説なのか。いずれにせよ没後にその亡骸を呑み込んだテクストの波にもまれるうち、どうやらそういうことになってしまったのだから、ここでもひとつそういうことにしておこう。なお「ドラキュラ」の由来は、神聖ローマ帝国竜騎士団に所属していた父のヴラド二世、通称「ドラクル」の息子だから、という単純なものだが、キリスト教文化が擡頭するにつれて、「龍」は徐々に「悪魔」の意味を持つようになった。怪物には歴史も味方するのである。

そして世間に広く「ドラキュラ」のイメージを浸透させたのは、ご存知ブラム・ストーカーの同名小説(1897年)である。ストーカーは多少なりともヴラド三世のことを知っていたし、アイルランド出身の先輩作家シェリダン・レ・ファニュが書いた女吸血鬼の奇譚『カーミラ』(1872年)の読者でもあった。またストーカーはロンドンのライシアム劇場の運営に携わっており、劇場のオーナーであり看板俳優でもあったヘンリー・アーヴィング卿の助手を務めてもいた。この紳士的だが傲慢で知られた俳優こそ、ドラキュラ伯爵に輪郭を与えた張本人なのである。さらにそこへヴィクトリア朝時代のイギリスで急速にふくらんでいた搾取的な貴族階級に対する負のイメージや、ストーカー自身が抱いていたアメリカへの憧れなどが寓意的な形で加わり、この作品を完成させたのである。

生粋のドラキュラ俳優、ベラ・ルゴシ

生粋のドラキュラ俳優、ベラ・ルゴシ

ヘンリー・アーヴィング卿

ヘンリー・アーヴィング卿

ところで現代の私たちが吸血鬼と聞いて脊髄反射的にマント姿の紳士を想像してしまうのは、それこそ洞窟に棲まう蝙蝠よろしく近視眼的なふるまいということにならざるを得ない。レ・ファニュの小説に登場する、死と疑惑を招く魔女としての吸血鬼のイメージも、確かにその後の様々な表現に受け継がれているからだ。奇しくもストーカーの『ドラキュラ』が発表されたのと同じ1897年にも、興味深い二つ(で一つ)の作品がある。

まずは画家バーン=ジョーンズの代表作、「ヴァンパイア」である。バーン=ジョーンズといっても、これはラファエル前派と交流を持ち、後にウィリアム・モリスらと美的な職人ギルドを形成して唯美主義の推進に貢献したエドワード・バーン=ジョーンズではなく、その息子のフィリップの作品で、画面には失神した男に馬乗りになって不敵に笑う女が描かれている。女のモデルは、一説には恋愛関係にあった女優のベアトリス・キャンベルだという。

この作品は評判をとり、すぐさま従兄弟に当たるラドヤード・キプリングの詩才を刺激した。これが第二の作品である。すでに『ジャングル・ブック』を発表していたキプリングの名声はこの頃うなぎのぼりで、1907年には最年少の四十二歳で、英語圏の作家として初のノーベル文学賞を受賞することになる。とはいえ「ヴァンパイア」の詩には『ジャングル・ブック』とは違い、これと言って教育的なところはない。

愚かな男がいて彼は祈りを捧げた
(あなたや私のように!)
屑ひろいのようで髪はぼさぼさ
(私たちは彼女を、こだわらない女と呼んだ)
ところが愚か者は彼女をうるわしの君と呼んだ
(あなたや私のように!)

という書き出しの、六連からなるこの詩は、ろくでなしの女に入れあげて消耗してゆく男の姿を描いている。要するにここで跋扈するヴァンパイアとは男の生き血を啜って虜にする空想上の悪鬼ではなく、男を骨抜きにして堕落させる現実的な悪女なのである。そしてこのような女の姿は、映画草創期に銀幕に群雄割拠したヴァンプ女優たちの模範ともなった。

 
バーン=ジョーンズの「ヴァンパイア」

バーン=ジョーンズの「ヴァンパイア」

 

とくに二つの象徴的な作品が撮られたのは、ともに1915年のことである。まずはフランク・パウエル監督の「愚者ありき」。主演はヴァンプ女優の代名詞、セダ・バラ(1885~1955)である。バラ演じる女吸血鬼は、恋人と別れ話をしている最中に、早くも次の標的としてジョンを見初める。ジョンは妻子と幸せに過ごしているが、乗り合わせた汽船で徐々にこの奔放な女の虜となってゆく。しかし吸血鬼はいざ愛想をつかすと、相手が銃で頭を撃ち抜くまで苛烈に責めつづけるほどの悍婦である。事態を察したジョンの妻子はなんとか説得を試みるが、それも虚しく、ついにジョンは闇へと堕ちる。……と、実はこの映画の筋書きは他でもない、キプリングの詩「ヴァンパイア」に着想を得たものなのである。それは題名のみならず、ポスターにも明示されている。

そして次に、ルイ・フイヤード監督の「レ・ヴァンピール 吸血ギャング団」である。この全十巻の連続活劇は合計すると七時間に垂んとする大長編で、史上最も長い映画のひとつでもあるが、その荒唐無稽な筋書きと不道徳な内容から批評家には不評であった。とはいえ戦時下の大衆はこの映画に熱狂したし、本作に用いられた表現上のテクニックは意図せず前衛映画を先取りしており、フリッツ・ラングやルイス・ブニュエルなどの名匠に少なからぬ影響を与えることになる。

「愚者ありき」ポスター

「愚者ありき」ポスター

「レ・ヴァンピール」ポスター

「レ・ヴァンピール」ポスター

本作で「レ・ヴァンピール」と呼ばれるならず者集団が次から次へと引き起こす怪事件を追いかけるのは新聞記者のフィリップと友人のマルセルであるが、主人公と呼ぶべきはむろん一癖も二癖もあるギャングの面々のほうである。組織の首領で、変装の名人グラン・ヴァンピール。敵対する犯罪組織を率いる催眠術の使い手、モレノ。そして首領の情婦であり、あるときは謎めいた歌手、あるときは黒づくめの襦袢に身を包む女スパイと次々に姿を変えるイルマ・ヴェップこそ、セダ・バラと人気を二分するヴァンプ女優ミュジドラ(1889~1957)の当たり役であった。

いわゆるファム・ファタールの一典型であるヴァンプは、蠱惑的で、奸智に長け、それでいて直情径行なところもあるから、夢中になってしまった男はひとたまりもなく、見る間に翻弄されて正気を失ってゆくのである。しかしある意味では、ヴァンプに抜擢された女優たちの多くもまた、映画産業という吸血鬼に翻弄された被害者だったと言えるだろう。例えばセダ・バラは本名をテオドシア・バー・グッドマンといい、オハイオ州でポーランド移民の仕立て屋の娘に生まれた。家庭は裕福で、大学で学ぶうちに演劇に興味を持ったという、ある意味では凡庸な経歴の持ち主であったが、上述の「愚者ありき」でデビューするに当たって、そのエキゾチックな容貌を強調するために名前を変えられた。そして映画がヒットすると、今度は次作「クレオパトラ」の宣伝に際して経歴もすべて捏造され、フランス人の女優とイタリア人の画家のあいだに生まれ、エジプトで育ったということにされてしまった。アイデンティティを剥ぎ取られ、裸になった女優は、それに似つかわしいきわめて露出度の高い衣装で、妖艶に銀幕に舞ったのである。

クレオパトラに扮するバラ フィルムは大部分が失われた

クレオパトラに扮するバラ
フィルムは大部分が失われた

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一方のミュジドラは、より真性のヴァンプであったと言えるかもしれない。パリでフェミニストの母親と社会主義者の父親という活動家の家庭に生まれ育ったジャンヌ・ロックは、物心ついたときから表現に熱心であり、十五歳で最初の小説を書き、舞台で芝居を演じるようになった。終生の友には作家のコレットがいる。

新しい表現手法として映画が誕生すると、ジャンヌはさっそくテオフィル・ゴーチエの小説の登場人物の名前をとってミュジドラ(ミューズの贈りもの、を意味する)を名のり、白い肌にコール粉を厚く塗った目元と、異国情緒あふれる衣装で、欧州の、ついで米国の劇場を席巻したのである。ミュジドラは女優業の傍らプロデューサーや監督も務め、脚本も多く書いた。晩年には第一線を退くが、それでも映画のそばにいたいがために、シネマテーク・フランセーズで切符売りをしていたというから驚く。往年の傑作「レ・ヴァンピール」を観るためにシネマテークを訪れた好事家のなかには、自分でも知らぬ間に、魔性の女イルマ・ヴェップ本人に切符をもぎってもらった者がいたわけである。

ミュジドラ

ミュジドラ

ミュジドラ扮するイルマ・ヴェップ(Irma Vep)はヴァンパイア(vampire)のアナグラムである

ミュジドラ扮するイルマ・ヴェップ(Irma Vep)はヴァンパイア(vampire)のアナグラムである

こうしてみると、今日のヴァンパイアのイメージが、いかに短期間で慌ただしく形成されてきたのかが明らかになる。男性のヴァンパイアもヴァンプたちを追いかけるようにして銀幕に登場してくるが、初期の吸血鬼は洗練とは程遠い。例えばドイツ表現主義の寵児であるF・W・ムルナウ監督の「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922年)でマックス・シュレックが演じた吸血鬼、オルロック伯爵は、痩せぎすでとんがり耳、禿頭の大男で、長く伸ばした爪をぶら下げるようにしてひょろひょろ歩く、文字通りの怪人である。これでは吸血鬼と言うより蚤の化物と言ったほうが近い。

しかし面白いことに、実はこの「ノスフェラトゥ」の原作は紛れもなくストーカーの『ドラキュラ』なのである。著作権料の支払いを避けるために人物や舞台の設定、結末も変更されたので、結果としてムルナウの想像力を知らしめる、奈落のように眩惑的な雰囲気に満ちた作品となった。もっとも出版社の目は誤魔化せず、映画会社は小説の著作権者に訴訟を起こされ、あえなく倒産の憂き目を見ている。ところが発表当時はそれなりの評価を受けたものの、当時すでに忘れ去られていた『ドラキュラ』が今日のような知名度を獲得したのは他でもないこの映画のおかげなのだから、何とも皮肉な話である。

「ノスフェラトゥ」より

「ノスフェラトゥ」より

もとより土着の信仰において、「ヴァンパイア」は古代から語り継がれてきた存在である。それが紳士の姿をした怪物「ドラキュラ」に収斂されて現代の文化に根を下ろすまでには、上のような紆余曲折があった。だがレ・ファニュの描いた吸血鬼カーミラも、現代社会が産んだ魔性の女であるヴァンプも、吸血鬼の歴史においては見落とされがちである。なるほど彼女たちは、突き詰めれば自分の意思を持った、自立した女に過ぎない。その当世風の怪物を、怪談じみた古臭いコウモリ男に先祖返りさせてしまったのは、ヴァンプに手玉に取られた恨みを晴らさんとする男たちの、ちゃちな自尊心であったのだろうか。少なくとも近代の吸血鬼が男性であるのと同等に、あるいはそれ以上に女性であったからには、ヴァンプを「女吸血鬼」などと呼ぶのはやめにして、むしろドラキュラを「吸血男」とでも呼ぶほうが理にかなっているかもしれない。