区切る・再構成する

人間の精神がいかに世界を見つめてきたか、という問題にかんして、最も具体的な例を挙げつつ最も抽象的な分析を加える書物に、言わずと知れたグスタフ・ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』(種村季弘・矢川澄子訳、岩波文庫)がある。その第十五章、「キュービスムの先達と後裔」に、デューラーの興味深い「人体図式」が登場する。

デューラー「人体図式」1523年

デューラー「人体図式」1523年

ダ・ヴィンチ「ウィトルウィウス的人体」1492年頃

ダ・ヴィンチ「ウィトルウィウス的人体」1492年頃

若くして成功し、ドイツ絵画の父とも称されるアルブレヒト・デューラーの緻密な筆致に馴染んでいる私たちからすれば、この素描は意外なものであろう。しかしそれは遡ること数十年まえにダ・ヴィンチによって記された「ウィトルウィウス的人体図」に比して、粗雑な走り書きであることは措いて、遥かに躍動的である。ここでウィトルウィウスが古代ローマの建築家であったことを思い出しておこう。建築の理論はたしかに人体に援用されうる。そもそも建築が、ことのはじめには人体から多くを吸収しただろう。だが人体は建造物ではない。人体は動く。人体は曖昧である。数学者でもあったデューラーは、すでに立体物で構成された人類を思い浮かべていた。

ホッケが続いて述べているように、デューラーの弟子であったエアハルト・シェーンがこの「人体図式」をさらに発展させたことで、そこにすでにキュービスムの萌芽を認めることができるようになるわけである。ここでは「立体人間」たちは空間を把握する役には立っていない。彼らはただ自分たちと同じような立体的な空間に、思い思いに寝そべって遊んでいる。つまりこのスケッチがすでに遊びであって、人体を再構成するための立体に還元された人体に、その状態のまま生命を吹き込んでしまうという、メタレベルの表現が実現しているわけである。それは現代の人々が、ダンボール箱によって組み立てられた人体に「可愛らしさ」を見出す感覚といくらも変わらないだろう。

シェーン「人体図式」1538年

シェーン「人体図式」1538年

「ダンボー」の模型、 KOTOBUKIYA 製造

「ダンボー」の模型、KOTOBUKIYA製造

ところで十六世紀のアルチンボルドに至って一つの完成をみるこのような遊戯が二十世紀にふたたび注目されたとき、それはむしろ真面目くさった問題意識に取って代わられていた。セザンヌは世界を「円筒と円錐と球」で捉え、ピカソは作品を《見る》者の視点を無数に切り裂いたのだった。だがデューラーの試みに直結しているのは、あるいは現代のコンピューターによる映像表現のほうであろう。立体物は「ポリゴン」と名を変え、いまや生身の人間のふりをするのがすっかり上手くなった。

その結果、いまにも開こうとしているのが仮想現実の扉である。《見る》者は四周を現実と見まごうばかりの映像で取り囲まれる。音も上下左右から響き、あたかも「その場」にいるような錯覚を起こさせる。このような技術を、人間性の喪失という点から攻撃することは容易い。モニターとスピーカーの電源を切り、実際に「その場」に行けばよい。そんな揶揄もしばしば耳にする。だが実際のところ、「その場」を「ここ」に持ってくるということは、最も小さな立体によって対象を再現するということである。立体が大きければ、すべてを表現することはできない。そこで取捨選択が行われる。「円筒と円錐と球」を選べばセザンヌになる。それは円筒と円錐と球によって世界を区切り、再構成することによって、世界を「異化」することに他ならない。

だが、もし世界そのものによって世界を区切り、再構成することができれば、そこには「異化」の介入する余地がない。そして「異化」がないということ自体が、かつてない「異化」なのである。故にその見慣れたはずの見慣れない空間は、「現実」と呼ばれることになる。このまま進めば、仮想現実のなかの世界をどう区切るべきか、という議論を人類が始める日も近いかもしれない。こうしてホッケの称えたマニエリスムの精神は、ついに入れ子式の世界を「現実」のなかに見出すことになるのだ。