原作を越えない

映画の宣伝文句でもっとも馬鹿げているのが、「原作を越えた」というものである。それは原作への冒瀆であると共に映画への侮辱であり、ひいては表現そのものへの誤解であろう。しかしその背景には、大部分の映画に原作となる小説が存在している、という厳然とした事実がある。これは何も、映像を撮るという目的のためだけに映画を撮ったメリエスのような先駆者の場合に比して、現代の映画人の想像力が枯渇しているということを意味するのではない。むしろ、それだけ映画というものが、小説というテクストを再解釈するのに有用ということである。

このような小説と映画の問題について考えるとき、どうしても取り上げずにはいられないのがプルーストの『失われた時を求めて』である。その理由は簡単に言えば二つある。一つはこの作品が押しも押されもせぬ現代文学の金字塔だからであり、もう一つは、この小説が世界でもっとも長大な小説だからである。原書で約127,000語にもなるこの小説は、長さでこそスキュデリーの『アルタメーヌ』に遠く及ばないが、十七世紀サロン文化の産物であるその冒険小説が長さ以外の面ではほとんど忘却の彼方に追いやられているのに対して、忘却から此岸への漂着をめぐるプルーストの小説は、発表以来というもの大きな注目と賞讃の的であり続けている。とまれ、あまりに長いということは、そのすべてを映像化するという前提が、はじめから袋小路に入り込んでしまうことを意味するのである。

プルーストの映画化に早い段階で乗り出したのは、コクトーの「恐るべき子供たち」という、これまた著名な文学作品の映画版で有名になった女優のニコール・ステファーヌであった。ロトシルド家の血を引く彼女はプルーストの描く世界に人並以上の郷愁を覚えたのだろうか、1963年には『失われた時を求めて』の映画化権を獲得、フランソワ・トリュフォーに声をかけるも、この話はすぐに頓挫する。結局、その後プロデューサーとして頭角を現したステファーヌの野望が叶ったのは1984年の「スワンの恋」をもってであった。実に二十年越しだが、その間の事情も複雑である。

映画「恐るべき子供たち」より。ステファーヌとエドゥアール・デルミ。

映画「恐るべき子供たち」より。ステファーヌとエドゥアール・デルミ。

実はステファーヌは当初、作中で「スワンの恋」の部分だけについては権利を持っていなかった。それはルネ・クレマン監督がすでに映像化に乗り出していたからなのだが、この計画も脚本まで完成しながら破談となり、ステファーヌは晴れて「スワンの恋」の権利も手に入れる。これで全巻を使って好きに映画が作れるというわけで、ステファーヌが次に当たりをつけたのがヴィスコンティであった。これが1969年のことである。

ヴィスコンティも大貴族の出身で、このときすでに撮っていた「山猫」を観ても、すでに制作に乗り出していた「ベニスに死す」を観ても、プルーストを映像化する資格は充分である。潤沢な予算もつき、脚本は最良のパートナーであるスーゾ・チェッキ・ダミーコが執筆した。キャストの腹案もあり、主人公マルセルはアラン・ドロン、モレルにヘルムート・バーガー、ゲルマント夫人にシルヴァーナ・マンガーノ、シャルリュス男爵にマーロン・ブランドあるいはローレンス・オリヴィエ、アルベルチーヌにシャルロット・ランプリングが予定され、話がつけば、ナポリ女王はグレタ・ガルボに演じてもらう計画であった。

ここまでお膳立てがすんでいたのに、「ルートウィヒ 神々の黄昏」を優先したいというヴィスコンティの意地っ張りからすべてがおじゃんになってしまったのは何とも残念である。泣く泣く、ステファーヌがつぎに話を持ち込んだのは、ジョーゼフ・ロージー監督であった。脚本は後にノーベル文学賞を受賞するハロルド・ピンター。しかしヴィスコンティ以上に網羅的な映像化を望んだピンターの案で作品は五時間に膨れ上がった。予算も莫大となり、これまたお蔵入りしてしまう。

ようやくステファーヌの念願を成就させたのはピーター・ブルックとジャン=クロード・カリエールが共同執筆した脚本で、監督はフォルカー・シュレンドルフであった。だが「スワンの恋」というタイトルが示す通り、映像化されたのはごく一部であり、上映時間も二時間足らずである。錚々たる映画人の手から手へ流れた企画の末路としては、やや寂しいと言わざるを得ない。

しかし1999年のラウル・ルイス監督「見出だされた時」にしても、2000年のシャンタル・アケルマン「囚われの女」にしても、これまでに日の目を見た映画はいずれも原作の一巻を基盤にしたものである。新しくは2011年にニナ・コンパネーズ監督がテレビ映画「失われた時を求めて」で全巻を四時間に凝縮しようと試みたが、結果は惨憺たる有様だったようである。

つまりどうにも、『失われた時を求めて』の映画化は呪われた仕事と言わなければならないらしい。長大な作品の再解釈には長大な時間が必要である。それはつまり莫大な資金が必要ということであり、映画制作が小説とは違って大勢の利害に影響する以上、商売にならない芸術の追求が許されることなどそうは起こらないのが実情であろう。『失われた時を求めて』の映画化が実現するまでには、原作が書かれるのに必要だったよりもさらに長くの時間が費やされ、しかもその過程で、いくつもに枝分かれしたドッペルゲンガーのような残骸が生み出されたのである。

だが作り手は諦めない。例えばハロルド・ピンターの脚本は、2000年に戯曲として舞台公演の運びとなり、一つの読みとして好評を博したようである。これに先行する試みとしては1980年のフィリップ・プラウズによる四時間の舞台がある。数十人の俳優が登場するこの作品の題は皮肉がきいていて、あろうことか「時間の無駄」という。だがその無駄のなかにこそ真実があることを、芸術家なら誰でも知っているのである。

なおヴィスコンティ版のダミーコによる脚本には、世界に先駆けて日本で出版されたというおもしろい経緯がある。映画化をめぐる四苦八苦についても、この『シナリオ 失われた時を求めて』(ちくま文庫、1993)の解説に詳しい。