Yakitori の言語学

酒は一年中、飲めるものだが、年末年始はとくに酒を飲む大義名分が立つ季節である。肴も華美に走りがちだが、やはり肴の王道と言えば焼鳥であろう。

ところで焼鳥を食べるに際してある程度の熟練を要するのが部位の指定である。モモやムネはわかる。皮もわかる。ハツが心臓であり、heart に由来していることも、二三度も店に足を運べば覚えるであろう。だがその先が難しい。

ハツにしても、明治時代の学生よろしくドイツ風にヘルツとも言うし、里心がついてココロとも呼ぶ。クビは首の肉である。セセリとも言い、ふたたび洋行気分でネックとも言う。焼鳥は庶民のおしゃれであるから外来語が多い。肝と言ってもいいが、やはりレバーが好まれる。

究極のところではソリレスがある。骨盤のくぼみに隠れているこの小さな部位の語源は、フランス語の sot-l’y-laisse、すなわち「愚か者はそれを残す」である。このような名前があることはそのまま、フランス人がいかにこの部位を高く評価しているかを証明している。そして英語圏でもそれは oyster meat、つまり牡蠣のような形をした最上の部位と呼ばれている。

ソリレスの部位を示す図。

ソリレスの部位を示す図。

だが焼鳥はまさに日本料理であり、日本語での冒険に最も熱心である。ササミは胸の近くの脂身の少ない部位であるが、形が笹の葉に似るところから言う。ボンジリは尻尾の先端で、よく動かす筋肉であるので締まっていることが人気の秘訣だが、「ぼんぼりのような形の尻肉」を指すらしい。ツクネは言うまでもなく挽肉を「つくねる」ことから来ているのだが、この動詞もあまり使われなくなった。ナンコツにはいくつか種類があるが、あの横に長いのはヤゲンと言って、調剤に使う薬研という道具の形状からとったものである。

ところで油断をしていると足元を救われるのが、「焼鳥」という名称それ自体である。赤提灯や暖簾にひらがなで「やきとり」とだけあって「鳥」の字が使われていなければ、たいていその店で出すのは豚である。獣肉を食べない江戸の習慣で、先に広まったのは焼鳥であるし、豚肉が口に入るようになったからといって、それを「やきとん」などと呼ぶのもどうも粋でない。しかし豚の部位は豚の部位で、さらに奇妙な名前がいくらもある。

カシラは頭、首から頭部にかけての肉である。シロは腸で、白いことから。ぶつ切りにしてコロコロした状態に焼き上げるのをとくにシロコロと言ったりする。マメは豆に似た腎臓、テッポウは銃身のようにまっすぐな直腸である。ガツが胃袋であるのは驚くに当たらないが、コブクロが子宮なのはなるほどと思う。ちなみにコブクロモトは膣、タマは説明不要だろう。豚のやきとりは哺乳類だけに内臓が充実していて、実に無駄がない。豚を残さず食べるのは何も中国人だけではないのである。

鳥についてもまだ取り上げなかった部位がいくつもある。スキミ、マツバ、カッパ、スナズリ、チョウチンなどなど。何はともあれこれらの名称は、いずれも部位の形状・調理の方法・機能からの連想、そして外来語で構成されており、それはまさに言語の縮図なのである。しかも看板が漢字かひらがなかという差異ひとつで「鳥」から「豚」へとラングが切り替わってしまうのに、不案内だとそれに気づかないまま、しかも矛盾なくパロールをしおおせる。さすがは酒の肴である。

今年こそ焼鳥だろうがやきとりだろうが部位を知悉して、「どこどこのシロは別格だ」などと言いたいのはやまやまだが、ビールからホッピーに切り替わるあたりでその野望も忘れるのである。せめてタン=舌=言語を噛みしめながら、なるべく愚痴をこぼさず、愉快に飲むことを心がけたい。