苦悩のノスタルジア

イングマール・ベルイマンの1972年の作品、「叫びとささやき」は、ベルイマンならではの美しく構築された思い出の世界である。しかし、「野いちご」や「夏の夜は三たび微笑む」のような温もりのある懐かしさとは異なり、この映画の思い出は苦悩と死の裏側にある。いや、苦悩と死そのものである。

「叫びとささやき」より

「叫びとささやき」より

私たちが何げなく使っている「ノスタルジア」という言葉は、病名として誕生したらしい。それは現在でいうホームシックで、十八世紀から用例がある。考えてみれば、生れた土地を離れて暮すことが当り前になったのは、社会がある程度まで近代化してからのことであろう。領地と宮廷を行き来した貴族ならともかく、庶民はたいてい、自分が洗礼を受けた教会の墓地で永遠の眠りについていたのだ。つまりノスタルジアは現代病であり、自己と社会のひずみにこそ見出されるものであろう。メランコリアなどという症候の、言ってみれば親戚である。

しかしノスタルジアにはやがて個人的な側面も付加されてゆく。過ぎ去った人々、なくした品物、取り壊された生家などは、地理的な事情に関係なく奪われ、心を傷つける。それは誰を恨むこともできない内的な傷であり、ほかならぬ「私」との埋めがたい距離である。

十八世紀の作家サドの作品なども、エロティシズムを通して表現された信仰へのノスタルジアと読み解くことができる。サドは百年後を生きた精神科医クラフト=エビングによってマゾッホと対置され、サド/マゾという西洋一流の二項対立に閉じ込められてしまう。酒の席で必ずと言っていいほど話題に上るSとMという記号は、確かに愉快ではあるが、実は空疎なことこの上ない。苦痛を与えることとは苦痛を受けることであり、その対象は常に自己なのだ。この問題は二十世紀に入ってからもピエール・クロソウスキーによって再訪されている。彼の作品におけるノスタルジアの対象は失われた戒律であり、苦悩とは神のいない現代という時代の扉である。