幻想する機械

手のひらに乗るほどの金属の箱を、フェルメール式の覗き箱よろしくスコープで覗き込むと、そこには豆粒大の調度で飾られた部屋があり……。

あるドアスコープからの光景

あるドアスコープからの光景

桑原弘明氏の「スコープ」について知っていることと言えばその程度だった。ところがギャラリー椿で開催中の「桑原弘明展 Scope メランコリア 2008」に足を運んでみると、どうやら考えを改めなければならないことがわかった。

覗き箱にはいくつかの穴が空いている。そこから順々に光を差し込むと、中の景色は昼から黄昏へ、夜から夢へ、夏から冬へと目覚ましく姿を変える。光の向きが変わるだけで、先ほどまでは目にも入らなかった小窓やテーブルがにわかに主張しはじめ、直前に見ていた景色は幻のごとく消え去ってしまう。

この箱をただ幻想という曖昧な言葉で片付けてしまうことは惜しい。「スコープ」はまぎれもなく機械なのだ。爪の先ほどの部品で組み上げられた、確実に幻想を再生する精密機械なのである。そしてこの機械的な幻想は、ひどく現実的でもある。「スコープ」を覗く人は思い出すはずだ。われわれの寝室や書斎、居間や仕事場など、飽きるほど見慣れた場所も、ちょっとした瞬間に驚くほど姿を変えるものであることを。その時間と思い出の交差を、桑原弘明という職人は器用に箱に閉じ込めてしまう。

氏の作品がすぐに売れてしまうのは道理である。なにしろ覗く時間や場所、光源の種類、どちらの目で覗くか、などの変数によって、「スコープ」が再生してくれる幻想には無数のヴァリアントが生じるのだ。すべてを見ようと思ったら、独り占めしなければならないのである。

ギャラリー椿での催しは20日まで。