僧侶はゴシックな夢をみる

マシュー・ルイス(Matthew Lewis)の代表作、『僧侶』(マンク、The Monk)。澁澤龍彦もどこかで彼の名前を挙げているし、過去に何度か翻訳されているようだが、あまり聞かない作家である。

この作品はいわゆるイギリスのゴシック小説の系譜の一部を成しているが、作者ルイスという人物は、そんなおどろおどろしい陰とは無縁の生涯を送った人物である。一言で言うならば、彼は愛すべきボンボンなのである。

1775年、高級官吏の長男に生れたルイスは、何不自由ない生活を送り、やがて1794年にオックスフォードを卒業するが、それ以前に当時の富裕な子弟の特権として欧州に遊学している。このときドイツのワイマールでゲーテやヴィーランドと面会した彼はいよいよ文学への憧れを逞しくし、帰国後にはシラーの作品などを翻訳している。当時ドイツ語を理解できるイギリス人はごく限られていたので、確かにルイスには英独文学の架け橋となる機会があった。もっとも彼の翻訳は、さほど首尾よく受け容れられたわけではなかった。

1800年頃の『僧侶』挿絵

1800年頃の『僧侶』挿絵

彼が事実上のデビュー作となる『僧侶』を完成させたのは、オックスフォード卒業後、父の命で赴任したオランダはハーグのイギリス大使館でのことである。「僕がたった十週間でこの小説を書き上げたと言ったらお母さんはどう思いますか?」と彼は母親に書き送っている。彼の母は芸術に理解のある奔放な女で、音楽家と出奔したため父とは別居していた。父は離婚を願い出たが、これは国会で拒否されている。以来ルイスは母と父の連絡係の役を担っていたのである。「僕はこの作品をとても気に入っています。もし本屋が買わなかったら、自分で出版するつもりです」彼は一生金銭には苦労しない身分であった。彼が作家になるために努力したのは、ひとえに名声のためである。

『僧侶』は第一版こそ当たらなかったが、1796年には第二版が出回り、増刷されるほどの売り上げであった。新聞各紙には好意的な評が載り、ちょうどアン・ラドクリフの『ウドルフォの謎』が世間のゴシック熱を高めていた時流に上手く乗ったのである。ルイスは当初、自分の名を表紙に載せていなかった。しかし売り上げに安心したのか、増刷版には「国会議員マシュー・ルイス」と堂々と書いている。そう、オランダから帰国した可愛い息子のために、父親が議席を用意しておいてくれたのである。

しかしこれがまずかった。1797年、大御所批評家コールリッジが作品を「稚拙で、倫理的真実を欠いている」と攻撃したのである。「これを自分の息子や娘が読んでいたら、親は青ざめてしまうだろう。しかもこの男が立法員だとは!」そして当然、他の批評家先生もこれに歩を合わせてしまった。むろんこれらの批判には政治的側面もある。ルイスを攻撃することで、彼の父親と、親子が仕えるイギリス政府が攻撃されたのである。結局この年、ルイスは『僧侶』を回収し、問題箇所を修整、より倫理的な教訓をつけたして再版している。

紆余曲折はあったが、問題のなくなった『僧侶』はよく売れた。ルイスがひそかに小説に対する以上の野心を燃やしていた演劇にも翻案され、バレーにもなった。だが何事もうまくは行かないものである。出版社や演劇人たちは、彼のほかの作品にはあまり興味を持ってくれなかった。いくつか話題作を発表することはできたが、まごまごするうちに父が死に、彼は莫大な責任とジャマイカの広大な領地を背負うことになった。もう遊んでいる場合ではなくなったのである。

ジャマイカでの彼は奴隷反対論者であった。ウィリアム・ブレイクもそうだが、この時代の奴隷反対とは、平たく言えば「哀れな土着の人々を苛めてはいけない」ということである。したがってルイスも奴隷を自由にするつもりは毛頭なかったが、代わりに彼らの生活をいくばくか楽にしてやった。こんな消極的な奴隷解放でも当時にしては過激で、ジャマイカの白人社会でのルイスの信用は落ちたという。しかしルイスの心はいまだ芸術の世界にあったので、そんな誹謗中傷も耳には入らない。彼はときおりイギリスへ帰ると、ついでに大陸へ回り、スイスでバイロンやシェリーとお茶を飲んだり、イタリアをぶらついたりした。彼が死んだのも、そんなイギリスへ向かう船の上である。享年43歳、黄熱病であった。

さて『僧侶』という作品はどのようなものだろうか? 一言でいえば、これは盛りだくさんの怪奇小説である。全体にシェークスピア風の悲劇的要素がたちこめる重苦しいふんいきのなか、マドリッドで抜群の人気を誇る僧、アンブロジオが栄光の頂点から悪魔の餌食と成り下がるまでの一大叙事詩である。アンブロジオと彼を魔の世界へ導くマチルダとの恋物語に加え、二人の騎士的な青年とそれぞれの愛する女性、総勢六人の登場人物のあいだで繰り広げられる多層的な群像劇には、怪談、悪魔崇拝、殺人、近親相姦、拷問、魔術など、毒々しい罪の華がそこかしこに飾られている。

しかしながらこれを書いたのが十代の裕福なお坊っちゃんであることを忘れてはならない。罪は必ず罰せられ、悪魔は必ず神に滅ぼされる。この図式は決してゆるがない。また舞台はスペインであるが、随所でイタリアとごっちゃになっている。これはこの小説が、新教国であるイギリスによる旧教国への諷刺であることをも物語っている。言い換えれば、スペインはあくまでもゴシック世界を提供するための架空の国と言ってもいいだろう。コールリッジの言うように、すこし冗長な場面もあるが、面白い小説には変わりない。